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 検証
 これまで馬、馬具、甲冑などに関して定説とされてきた事柄が、果たして事実なのかどうか実際に検証していきます。

 ◇ 鳩尾板、栴檀板の働き

 
 鳩尾板、栴檀板は弓を引いた際、刀を振り上げた際に側面を向き鎧の隙間を守る、という説がりますが、実際に弓を引いてみてもそのような挙動は示さないため、杏葉と同じく単に高紐を守るためのものだったのではないか?と推測しています。
 
     
2014/2/28 追記
 押捩りの写真を見いて(2枚は別々の日に撮ったものです)、鳩尾板が胴の隙間をカバーしていること気が付きました。体を左側に捩じることで鎧も捩じれ、肩上部分が胴よりも左側にずれることでこのようになっています。以前は横射の状態でしか見ていなかったのでこの説は間違っている、と思っていましたが、間違いではなかったと思い直しました。但し「日本の甲冑武具辞典」P44の絵の状態とは少し違いますが。

 即ち鳩尾板と栴檀板は高紐や脇を守るもので、栴檀板が小札の威しになっているのは太刀を振ったり弓を引く際に胴と馬手に変な角度で挟まって馬手の動きを阻害しないようにするためではないかと推測しています。
 

 

 ◇ 弦走韋の役割

 
 弦走韋は矢を射る際、弦が胴の札に引っかかることを防ぐためのもの、とされていますが、馬手の拳を胸に当てるぐらいの姿勢でもないと弓弦は胴には触れません。仮にそのような姿勢で射ても、胴の札より鳩尾の板のほうが邪魔になります。考えられるのは、前九年合戦絵巻・金為行のように射向けの姿勢で弓を寝かせて矢を番える場合。胴の前に弦がきます。馬上でこの姿勢で弓を番える場合、胴の前の空間はとても狭いのですが、そこで弦を引いたりすればひっかかる可能性もあります。弦走の革が弓弦に関係あるとすれば、弓を引くときより矢を番えるときにひっかからないようにするためではないでしょうか。

 その後の実験で、普段弓を持つ際引っかからないようにするため、という結論に達しました。
 
 

 
 
 水干上腹巻で騎射を行いましたが、弓を引いても弦は胴にかからず、弦走革が無くても問題ありません。思い切り引けばかかるかもしれませんが、大鎧で兜を被った状態では吹返しが邪魔でこの程度しか引けません。
 


 赤糸縅大鎧で騎射をして確認してみましたが、御覧のように横、右前、左前、左後何処を射ても弦は全く弦走革にはかからりません。


 では何のためかと言えば普段弓を持つ際引っかからないようにするためだでしょう。革が左側面まで貼ってあるのも納得。もし革が無いと右下の写真のように札頭にかかります。馬上では地上とは比べ物にならないほど手の自由が効きません。暴れる馬を押さえながら手綱を操作する際長い弓は邪魔で、落とさないように脇に抱えることが多いです。弦走革が無いと弦が引っかかって左手の自由度が悪化し、手綱操作に悪影響を与えます。
 
 

 ◇ 大鎧の発手を鞍にのせる、という説

 
 馬上では大鎧の発手を鞍の前輪、後輪にのせ重量を馬に分散させるため楽になる、といわれておりますが、大鎧の前後の発手のピッチと鞍の前輪、後輪のピッチが合っていないとのりません。初期の大鎧の御着長の場合のみ当てはまるのかもしれませんが。但し発手の表面はツルツルしているので安定するとは思われず、また速歩以上では立ち透かすのでのりません。発手云々に関係なく、単に徒歩より馬上のほうが楽、ということではないでしょうか。
 
 

 

 ◇ 手形の役割

 
 平治物語によれば鞍の手形は源義平が寒くて鞍が凍り、掴みにくいので小刀で削ったのが始まりとされていますが、馬手側に手形があるのは、日本では馬手から馬に乗る、という説と矛盾しています.。戦場に於いては右からでも左からでも乗れないといけないと思われますし、馬手側からでも乗れるので、元々どちらから乗ってもよかったのが、いつからか馬手から馬に乗るという説が後付されたのでは、と思うようになりました。
 
 

 

 ◇ 和種馬の体力

日本在来馬による走破能力実験
@tono_mikado
1.はじめに

 近年、日本在来馬(和種馬)はその小柄な体形やポニーという言葉のイメージから小さくて歩兵よりも遅く、大鎧武者を乗せると直ぐに疲れてしまいよたよたとしか走れずに戦闘では役にたたず軍馬不適格と見做されている。しかし普段の騎乗や流鏑馬での力強い走行を見るとそのようには感じられない。そのため実際に大鎧を着て日本在来馬に和式馬具を装備し和式馬術にて走行しその能力を確認することとした。

 
図1.1 日本在来馬の大鎧武者 図1.2 サラブレッドの大鎧武者
 

   
2.用語解説

 2.1 日本在来馬(和種馬)
 日本に古来から存在する馬で現在北海道和種(道産子)、木曽馬、野間馬、対州馬、御崎馬、トカラ馬、宮古馬、与那国馬の8種が現存するがその多くが絶滅の危機に瀕している。この中で大きな北海道和種や木曽馬で体高は130~135㎝程。なお体高147㎝以下の馬をポニーと呼ぶ。
   
 
図2.1.1 木曽系和種馬 図2.1.2 体高の定義



 2.2 和式馬具

  2.2.1 和鞍
 和鞍は前後に立つ前輪、後輪(しずわ)で体が前後にずれるのを防ぐ。鎌倉時代までは厚く高い軍陣鞍が好まれたが室町時代になると薄く低い水干鞍が広まった。  
図2.2.1.1 和鞍
図2.2.1.2 軍陣鞍 図2.2.1.3 水干鞍

  2.2.2 三懸(さんがい)
 三懸は胸懸(むながい)、尻懸(しりがい)、面懸(おもがい)の総称で、胸懸は鞍の前、尻懸は後ろを固定し、面懸は銜をつけ頭に装着する。  
図2.2.2 三懸

  2.2.3 和銜(わばみ)
 和銜は洋銜とは違う独自の形状をしているが、実験では安全性を考慮して普段から使い慣れた洋銜を使用。  
図2.2.3 和銜

  2.2.4 和鐙(わあぶみ)
 和鐙はスリッパのような形状をしており、安定して立てるようになっている。  
図2.2.4 和鐙


 2.3 和式馬術
 鐙に立ち腰を浮かし鞍に体重をかけない様に騎乗する。これを「立ち透かし」と言う。高速で駈ける馬の上で両手を放し重い鎧を着て体を捩じり多方向に騎射をするには鐙を短くして腰を上げ、高速で上下動する馬体の動き(反憧:はんどう)は脚で吸収し腰より上には伝わらぬようにして上体を安定させる必要があるため、このような乗り方を行う。馬の背に衝撃を与えず騎乗者も余分な動きをしないこの乗り方は馬と騎乗者双方の負担を減らし高速長距離走行を可能にする。
 
図2.3.1 馬手追物射(めておものい):右前方騎射 図2.3.2 追物射(おものい):左前方騎射

図2.3.3 横射 図2.3.4 押捩(おしもじり):左後方騎射

動画2.3.1 立ち透かし
反憧を脚で吸収し上半身を安定させる。

動画2.3.2 押捩
腰を浮かすことで馬の反憧が上半身に伝わらないので体を後ろに捩じっても安定して騎射ができる。

 ・モンゴル乗馬
 かつてユーラシア大陸を席巻したモンゴルにおいてもその鞍は和鞍の前輪/後輪に相当するブレーグ(鞍橋)があり、鐙は底が広く、駈ける際には鐙に立って鞍から腰を浮かす立ち乗りを行うが、人も馬も疲れず馬の力を最大限に利用できる遊牧民の優れた乗馬方法である。これは和式と類似点が多く、このことからも和式馬具/和式馬術が長距離移動、騎射に適したものであることが想像できる。
 
図2.3.5 モンゴル鞍 図2.3.6 モンゴル鐙

図2.3.7 馬装したモンゴル馬 図2.3.8 モンゴル立ち乗り
立ち乗りにより下半身から捩じることができる

動画2.3.3 モンゴル立ち乗り

 2.4 大鎧
 主に平安、鎌倉時代に用いられた騎射戦用の甲冑。
 
図2.4.1 大鎧 図2.4.2 騎乗例

 2.5 馬の歩様
   常歩(なみあし、ウォーク):人間に例えると歩き、時速約6.6㎞
   速歩(はやあし、トロット):人間に例えるとジョギング、時速約13.2㎞
   駈歩(かけあし、キャンター):人間に例えると速めのランニング、時速約20㎞
   襲歩(しゅうほ、ギャロップ):人間に例えると全力疾走、競馬では時速約60㎞~70㎞


3.実験概要

 3.1 日時
  2020年5月30日(土) 午前11時36分から約30分
  天候:雨
  走路:約3㎞ 未舗装道路

 3.2 馬
  名前:道之舗(みちのすけ) 木曽系和種馬 騸馬 体高130㎝ 体重は不明だが350㎏程度と予想。
  日頃から外乗や流鏑馬に参加しており、時速40㎞以上で駈けることが可能。

 
図3.2.1 道之舗 図3.2.2 流鏑馬での道之舗


 3.3 騎乗者

  小桜韋威鎧を着用。丸武産業製。

  
図3.3.1 小桜韋威鎧奉納飾 図3.3.1 小桜韋威鎧着用

 3.4 斤量

  斤量約101㎏、詳細は以下の通り。

  雨や馬の汗を吸い、小数点二桁以下は容易に変動するので切り捨て。

  パーツ毎に測定した合計は100.8㎏、全備重量で102.2㎏、そこまで大きな差はないので約101㎏と見做す。

(a) 水干鞍、
胸懸、尻懸
10.4㎏    (h) 蒔絵野太刀、
尻鞘、太刀緒
1.6kg
(b) 頭絡、面懸 1.6kg (i) 短刀 0.2kg
(c) 和鐙 3.7kg (j) 軍扇 0.1kg
(d) 毛布、パッド、
ライザーパッド
2.8kg (k) 箙、弦巻、
神頭矢4本
1kg
(e) 3.4kg (l) 補助具、
撮影機材
1.9kg
(f) 大鎧胴、脇楯
鳩尾板、栴檀板、
大袖、紐
10kg (m) 小袖、帯、
直垂、
乗馬手袋
2.3kg
(g) 毛沓、
脛当、籠手
2.7kg (n) 服を着た
騎乗者
59.1kg
図3.4.1 斤量内訳

 全装備を持って体重計に乗る。値は102.2㎏を示すが鞄を持っていたり一部地面に接触しているので正確な値ではない。
図3.4.2 全備重量

 3.5 データ計測、動画撮影方法
  データ:Smart Watch Garmin ForeAthlete235Jで計測
  動画:GoPro8を兜の左吹き返しに取り付け撮影
     (動画の画面が揺れているのは吹き返しに取り付けているため)
図3.5.1 ForeAthlete235J/GoPro8 図3.5.2 Smart WatchとGoPro装着例


4 結果
 4.1 走行結果 (詳細は動画参照方)
  測定期間 動画の凡そ11分46秒~21分12秒あたり
  距離:2.99㎞
  時間:9分26秒
  平均速度:時速19.0㎞
  最高速度:時速42.2㎞ 動画の21分あたり
  斤量:約101㎏

図4.1 走路 図4.2 測定値

     歩様内訳
      常歩:28秒(4.9%)
      速歩:1分40秒(17.7%)
      駈歩:7分04秒(74.9%)
      襲歩:14秒(2.5%)
図4.2 歩様内訳

動画4.1 走破能力実験


 4.2 考察

 ・大きさ
 多くの人はポニーという言葉からシェットランドポニーを連想し、和種馬=ポニー=シェットランドポニー、小さいシェットランドポニー=和種馬が大鎧武者を乗せて走られるわけがない、と誤解するが、ポニーとは体高147㎝以下の馬のことであり、147㎝あればかなり大きな馬となる。また130㎝の和種馬なら身長168㎝の筆者でも大鎧を着れば重く動き難いうえに草摺や太刀が邪魔でなんとか鐙に足が届く高さであり、これ以上高ければ単独では騎乗できず力は強くても乗降には不便になる。小さくても130㎝もあれば十分な速度が出るので力不足ということはない。
図5.1 右から騎乗 図4.2 左から騎乗

 ・速度
 速度については行程の9割以上を駈歩、速歩で平均時速19㎞なので、一般的な乗馬とほぼ変わらない。最高速度に関しては時速42.2㎞であり時速60~70㎞を出すと言われる競馬に比べるとだいぶ遅いが、これは体格の違いと競馬の斤量60㎏より40㎏も重い約100㎏という斤量から納得できる値と考える。しかしこの速度で突撃する体重350㎏+斤量100㎏の馬を人間が止められるかと言えばそれは無理で、歩兵相手ならば十分な速さといえる。

 約3㎞を9分26秒というタイムは現代の長距離走選手と比較すれば負けているため、やはり和種馬は歩兵より遅いと捉える人もいると思われるが、このタイムはあくまで視界が悪い道で不意に人や車と衝突したり道を踏み外すのを避けるために抑えて駈けているからであり、実際に計測開始後直ぐに車と遭遇して常歩に落とさざるを得なかったこともあり、全力で駈けたタイムではない。また約3㎞を走りきった計測のラストの直線で時速42.2㎞を出しており、斤量約100㎏を背負ってのこの記録であるから、決して人より劣るということは無い(人類最速の男、ウサイン・ボルトが持つ100メートルの世界記録は9秒58。時速だと平均37.6キロで、トップスピードは時速44.7キロに達する)。制約の無い走路でならばもっと記録は良くなる。

 また歩兵はランニングウェアを着てシューズを履き舗装道路を走る現代人ランナーと違い甲冑を着て武器や食料を持ち裸足又は草鞋を履き悪路を駈けるのであるからこの馬より速く走ることは厳しいと予想する。もし足の速い歩兵がいたとしても部隊全員がこの速度で駈けられるとは考えられず、もし駈けられたとしても疲労困憊、戦闘能力を維持できない。一方で道之舗は測定前にも襲歩を行い、測定後も力が漲って更に襲歩を行い体力は有り余っている。

 5.まとめ
 以上のことから訓練された馬、適切な馬具/騎乗方法により在来馬は歩兵よりも速く軍馬として十分活躍できると考えられる。


6.参考文献

 日本の甲冑武具辞典 笹間良彦著 柏書房
 日本の合戦武具辞典 笹間良彦著 柏書房
 モンゴル馬との出会い ナムハイ トゥルトグトフ著
 Wikipedia ‐ 日本在来馬
 Wikipedia - 歩法(馬術)
 みんなの乗馬 - 馬の種類(ポニー)
 馬イラストのフリー素材
 Yahoo!ニュース


7.謝辞

 日頃の練習や実験に協力して頂きました馬達や関係者の皆様、特に道之舗号には心より深く感謝いたします。有難うございました。
 
 
   

 
 和種馬はその小柄な体型から甲冑武者を乗せるとよたよたとしか走れない、と誤解されていますが、約3.5kmをノンストップで速歩、駈歩で問題なく走り続けられることを確めました。機会があれば何処まで走り続けられるか確認してみたいと思います。
→ 2020年に実験を行ったので上のレポート参照方
 
 

 

 ◇ 大鎧追者射一騎打ち

 

 これは検証というよりそんなものか試してみただけですが、大鎧による追者射一騎打ちを行ってみました。安全のために神頭矢の先にゴムボールを取り付けています。
 早く射ると中らないのでぎりぎりまで引付けて射ますが、その間ずっと自分の矢壺を敵に晒すことになるので非常に恐ろしいです。自分が中てても敵にも中てられる可能性があり、敵が外してくれるの期待するしかないので非常にリスキーな戦いです。勿論今回は使用した矢は重たかったため矢の速度が遅く飛距離も出ないので実際の戦闘とは違うと思いますが。
 大鎧2騎と落ち着いた馬2頭と幅広の走路が必要なうえにあまり安全とは言えないので気軽にできる実験ではありませんが、まだまだ試してみる価値はあると考えています。
 
 

 
 

日本甲冑騎馬研究会

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