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F-22 F-35
Index
Manufucturer Designation Name Remarks No./B
Northrop YF-23 不採用 2
戦闘機
Fighter
P-59
XP-79
F-80
XP-81
F-82
XP-83
F-84
XF-85
F-86
XF-87
XF-88
F-89
XF-90
XF-91
XF-92
F-94
YF-96
XF-98
XF-99
F-100
F-101
F-102
XF-103
F-104
F-105
F-106
F-107
XF-108
F-109
F-110
F-111
F-117
F-1
F-2
F-3
F-4
F-5
F-6
YF-7
F-8
F-9
F-10
F-11
YF-12
F-14
F-15
F-16
YF-17
F/A-18
F-20
F-21
F-22
YF-23
F-35


 NorthropはLockheedと共にステルスの先駆者であり、空軍のATF計画でも当然のようにDem/Valフェーズに勝ち進み、McDonnell Douglasと手を組んでYF-23を開発、この機体はYF-22より約1ヶ月早い1990年8月27日に初飛行した。空中戦能力を重視したLockheedのYF-22に対し、ステルス性に優れた機体は気付かれないうちにミサイルで敵機を撃墜でき、空中戦が起こる確率は殆どない、と考えたNorthropは徹底的にステルス性を追求した結果、YF-23はYF-22よりも未来的な独特の形状になり、側方、下方からの電波ステルス性や推力変更ノズルを装備しないことによる下方からの赤外線ステルス性、更に航続距離、超音速巡航能力もYF-22より優れていた。しかし1991年4月23日、空軍はYF-22を選んだ。かつてミサイル神話全盛時代、ベトナムで機動性に優れるMiGに苦しめられ、結局空中戦重視に回帰した苦い過去も影響したに違いない。またYF-23は飛行試験で高迎角飛行やミサイル発射を行わず、B-2同様性能維持に手間のかかる機体だったことも大きなマイナス要因だった。

 敗れたYF-23のうち1号機はNASAに移管されたが、同機を実験機として使う予定はなくNational Museum of USAFに移された。2号機はCarifolniaのWestern Museum of Flight の展示機となっていたが、2004年春から再塗装のためNorthrop Grummanの工場に移動した。Northropは優れたステルス性、航続距離、超音速巡航能力を生かし、この機体を2037年の次世代爆撃機就役までのつなぎ役、即ち旧式化したB-1Bを代替するRegional Bomberとして再生することを空軍に提案、既にコクピットを再製作していると言われていたが、その後計画中止になったと思われる。2006年からスタート、2015年の就役を予定していた同計画には、Lockheed MartinがF-22Aをデルタ翼にしたFB-22(F-16とF-16XLの関係に似ている)、BoeingがB-1Bのエンジンを換装したB-1Rを提案していた。



YF-23 87-0800
National Museum of the United States Air Force
Wright Patterson AFB OH

YF-23 模型
Western Museum of Flight
Hawthorne,CA
YF-23
Pima Air & Space Museum
Tucson,AZ




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